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zoom RSS 十思公園 〜吉田松陰終焉地

<<   作成日時 : 2009/03/22 14:00   >>

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日本橋は小伝馬町にある十思公園(じっしこうえん)。

そんなに大きな公園ではないのだが、ここはとある場所として非常に有名な場所である。


●江戸最大の処刑場があった場所(ここら辺一帯)

●吉田松陰の終焉地

●心霊スポット



石町時の鐘   (石町…こくちょう)

江戸で最初の時の鐘とされる。
元々は本石町(現:日本橋室町4)にあったもの。

鐘の音が聞こえる範囲の町からは「鐘楼銭」を集めて維持・運営が図られていたそうだ。

鐘つき役:辻源七

火災により何度か破損しており、現在の鐘は宝永8年(1711年)に鋳造されたもの。
それでも、十分古い鐘である。


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  あの鐘を鳴らすのは誰だろう?


  …あなた?




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  忠魂碑

  日露戦争で亡くなられた人を弔う碑。

  東京の心霊スポットの1つとして知られている。
  夕方以降にここを写すのは止めましょう。




と、自分は言ったので、もし誰かが面白半分に暮れに写して、何かが写っても責任は持てません。


江戸時代、ここら辺一帯に傳馬牢屋敷があった。

元々は常磐橋門外にあったのだが、1677年にここへ移され
1875年(明治8年)市ヶ谷因獄が出来るまでの270年間存続していた。

入牢者は数十万人を数えたよう。

そして牢舎は、揚座敷・揚屋・大牢・百姓牢・女牢等、身分により分けられていた。


尚、前述の時の鐘は、単に時刻を知らせるだけでなく、処刑をする合図にも使われていたそうだ。


園内には、安政の大獄(1858年 幕末の大老・井伊直弼が、尊王攘夷派を弾圧)により処刑された
長州藩士・吉田松陰関連の碑が並んでいる。
(他に、橋本佐内なども処刑されている)


顕彰碑 , 辞世の句 , 終焉乃地碑(左から順に)

辞世の句:身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも とどめおかまし 大和魂

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遺骨は、回向院(南千住)に葬られたが、現在は墓石のみ。

世田谷区にある松陰神社に遺骨は移されている。


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  杵屋勝三郎歴代記念碑

  江戸長唄三味線の家名「杵屋」

  二代目がそばに住んでいたのが縁のようだ。




公園の雰囲気

桜の時期も大層きれいらしい。

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正面奥にある小さな庭園

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  公園前を走る、時の鐘通り。

  大きな道の裏通り的な存在。




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